ナーブルス近郊で伐採されたオリーブの木々|切り倒された木々が物語るもの

ナーブルス近郊でオリーブの木が伐採|切り倒された木々が物語るもの

パレスチナ・ヨルダン川西岸のナーブルス近郊で、またオリーブの木が切り倒されました。

2026年7月27日付のロイター通信によると、ナーブルス南西にあるタル村で衝突が起きた後、住民の畑に植えられていたオリーブやイチジクの木が伐採されました。

現地を訪れたロイター記者は、村の外れにある畑で、切られたばかりの木の幹を確認しています。
そこに残されていたのは、単なる切り株ではありません。
何十年にもわたって家族の暮らしを支え、世代から世代へ受け継がれてきた時間そのものでした。

衝突の後、畑に入った入植者

タル村では、武装した入植者と村の住民との間で大きな衝突が起きました。
住民側は、入植者の集団が村の住宅へ近づいたため、自分たちの家や土地を守ろうとしたと説明しています。
一方、イスラエル軍は、パレスチナ人とイスラエル人の双方が発砲する激しい衝突だったと発表しました。

事件後、村や周辺地域では道路が封鎖され、軍による捜索と拘束が続きました。
その混乱の中、入植者が畑へ入り、オリーブとイチジクの木を切り倒したと住民は証言しています。
ロイター記者が現地で新しい切り株を確認したことで、農地が実際に傷つけられた事実が、目に見える形で残されました。

一本の木が育つまでに積み重ねられた年月

オリーブの木は、苗を植えればすぐに多くの実をつけるものではありません。
根を張り、枝を広げ、安定して収穫できるようになるまでには長い時間がかかります。
乾いた夏を越え、雨の少ない季節にも耐えながら、家族が毎年手入れを続けてきました。
パレスチナの畑には、数十年、時には100年以上にわたって実を結び続けてきた木もあります。
父親や祖父が植えた木を、子どもや孫が受け継いでいる家庭も少なくありません。
その木が一日で切り倒されれば、失われるのは今年の収穫だけではありません。
これから先、何年、何十年と得られるはずだった実りまで奪われてしまいます。

オリーブの木は家族の暮らしを支えてきた

パレスチナの多くの農家にとって、オリーブは大切な収入源です。
収穫した実は食用として使われ、搾ったオリーブオイルは家庭の食卓を支えます。
市場で販売されるほか、古くから石鹸づくりにも利用されてきました。
ナーブルスで1000年以上受け継がれてきた伝統石鹸「ナーブルスソープ」も、オリーブオイルから生まれたものです。
オリーブ畑が傷つけられることは、一軒の農家だけの問題ではありません。
農業、食文化、地域の仕事、そして石鹸づくりのような伝統産業にもつながる、地域全体の土台が失われていくことを意味します。

毎年の収穫が家族をつなぐ

オリーブの収穫は、単なる農作業ではありません。
収穫の季節になると、家族や親戚が畑に集まり、枝から一粒ずつ実を摘み取ります。
木の下に布を広げ、食事を囲み、子どもたちは大人の仕事を手伝いながら、土地との関わり方を覚えていきます。
そこでは、農業の技術だけでなく、家族の記憶や地域の習慣も受け継がれています。
一本のオリーブの木には、何度もの収穫と、そこで交わされた会話、家族がともに過ごした時間が刻まれています。
だからこそ、木を切り倒す行為は、作物を奪うだけでは終わりません。
家族の歴史と、土地に根づいてきた人々の存在そのものを傷つけます。

「たとえ死んでも、この土地で死ぬ」

今回の衝突で息子を亡くした71歳のアフメド・ラマダンさんは、ロイター通信の取材に対し、入植者から繰り返し嫌がらせを受けてきたと語りました。
以前には、自宅を訪れた入植者から、土地を離れてシリアやヨルダンへ行くよう迫られたこともあったといいます。

「私たちはテロリストではありません。たとえ死んでも、この土地で死にます。ここを離れるつもりはありません」

その言葉には、住み慣れた場所にとどまりたいという願いだけではなく、家族から受け継いだ土地を守りたいという強い思いが表れています。

72歳の農家アフメド・シュタイヤさんも、長い間耐えてきたものの、忍耐には限界があると話しました。

「我慢して、また我慢して、それでも我慢してきました。しかし、いつか忍耐は尽きます」

彼の畑では、トマトやイチジク、ナスが育てられています。
近年は入植者が畑のすぐそばまで来るようになり、作業中に「この土地はイスラエルのものだ」と言われたこともあるといいます。

繰り返されてきたオリーブ畑への攻撃

ヨルダン川西岸でオリーブの木が被害を受けるのは、今回が初めてではありません。
これまでも、木の伐採や放火、収穫前の実の略奪、農家が畑へ入ることを妨げられる事例が繰り返し報告されてきました。畑へ行けなければ、農家は実を収穫できません。
収穫できなければ、その年の収入を失い、翌年の農作業に必要な資金も不足します。
被害が続けば、農家が土地で暮らし続けること自体が難しくなります。
木を一本ずつ失わせ、農業を続けられない状況へ追い込むことは、人々と土地とのつながりを徐々に断ち切ることにもつながります。

ナーブルスソープの背景にあるオリーブ文化

ナーブルスソープは、オリーブの木とともに育まれてきた石鹸です。
ナーブルスでは古くから、地域で採れたオリーブオイルを使い、職人たちが大釜で石鹸を炊き上げてきました。
床一面に流された石鹸は、固まった後に一つずつ切り分けられ、刻印を押し、長い時間をかけて乾燥させます。
この伝統は、1000年以上にわたって受け継がれてきました。
しかし、その原料となるオリーブの木が失われ、農家が土地を離れざるを得なくなれば、石鹸づくりの未来も無関係ではいられません。
ナーブルスソープを守ることは、工場や職人だけを守ることではありません。
オリーブを育てる農家、畑を支える家族、そしてその土地に根づいた文化を守ることでもあります。

切り倒された後にも、苗木を植える人々

長い年月をかけて育った木が切り倒されても、パレスチナでは再び苗木を植える人々がいます。
新しく植えた木が、失われた木と同じ大きさになるまでには何十年もかかるかもしれません。
すぐに収穫が戻るわけでもありません。
それでも木を植えるのは、未来を諦めていないからです。
一本の苗木は小さくても、やがて根を張り、枝を伸ばし、次の世代に実を残します。
木を植えることは、農業を続けるための行動であると同時に、この土地で生き続けるという意思の表れでもあります。

私たちが伝え続けたいこと

遠く離れた日本にいる私たちにとって、家族が長年育ててきた木が突然切り倒される状況は、簡単には想像できないかもしれません。
けれども、パレスチナではオリーブの木を守ることが、暮らしを守り、家族の歴史を守り、土地とのつながりを守ることに直結しています。
ナーブルスソープを手に取ることは、1000年以上続いてきた伝統を知るきっかけになります。
そして、オリーブの植樹を支えることは、失われた木々の向こう側に、新しい未来を植えることにつながります。
切り倒される木がある一方で、それでも苗木を植え続ける人がいます。
私たちは、その事実を伝え続けたいと思います。

編集後記|切り株の向こうにあるもの

切り倒されたオリーブの木の写真を見るとき、そこに写っているのは一本の木ではありません。
その木を植えた人がいて、毎年手入れをした人がいて、収穫の日を楽しみに待った家族がいます。
子どもの頃に木の下で遊んだ記憶や、祖父母と一緒に実を摘んだ時間もあったはずです。
切り株だけが残された畑を前にした農家の悲しみは、私たちには到底すべてを理解できません。
それでも彼らは、また土を掘り、新しい苗木を植えます。
木を植えるという行為は、静かですが、とても強いものです。
それは、土地を離れないという意思であり、子どもたちに未来を残そうとする願いでもあります。
一本の苗木から始まる希望を、私たちも日本から支えていきたいと思います。


出典
Reuters, “Palestinians say settler violence and military raids are bringing them to breaking point”
2026年7月27日

本記事は、ロイター通信の報道をもとに、ナーブルス近郊のタル村で確認されたオリーブおよびイチジクの木の伐採被害を中心にまとめています。

「パレスチナ最後の石鹸工場を未来へつなぐ」

10世紀から続く伝統製法で作られたオリーブ石鹸。パレスチナの伝統産業として、今も大切に受け継がれています。

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